夜物語2舞台美術 パネルが青?

舞台美術家・仁平祐也君。小劇場を中心に大道具や小道具製作を黙々と一人でこなす「職人」。180センチはある長身で、無精髭をはやし、バス・バリトンの声で訥々と話す。一見いかつい風貌だが、クリっとした瞳が澄んでいて、実は心やさしき巨人。

 2009年2月末。彼が考案した装置のデザイン画が出来上がった。上手と下手の尖塔形パネルがそれぞれ5枚ずつ舞台手前端から中央奥に向かって並べられ、尖塔は内側に向かってカーブを描いている。色は濃い「青」が基調で、パネルの表面は葉脈をモチーフしたデザイン。地球をイメージし、上下(かみしも)の先端を合わせれば円のシルエットが想起される。

 造形は悪くない…。しかし、色が、…青…? これで全シーンを表現する…? 少々不安になった。さりとて私は「ノー!」と言うだけの確固たる自信が持てなかった。「もしかしたら、これ、…、結構いいのかな…?」というかすかな予感があったのかもしれない。

 そうこうするうち、3月中旬。デザイン画通りの舞台装置模型が私のスタジオにデンと置かれた。仁平君はもちろん、照明の飯塚さんや舞台監督の神谷君も顔を揃え、具体的な舞台美術ブランを練る。だが正直なところ、打ち合わせが進んでいたこの段階になっても私はまだ迷っていた。色は本当に「青」でいいのか…?

 飯塚さんも色に関しては「この青でも出来ないことはないが…」と口を濁し、吊り物やバトンの専有についての議論に終始している。照明的にも濃い「青」では成立しにくいのではないか…? 迷いに迷う。

 ええい!全てが理屈で決まるものではない!何かで読んだことのある言葉を思い出す。「物事に迷った時は、人を信じろ」。色具合の良し悪しの判断がつかないのだから、それだったら、創った仁平君を信じろということだ。彼と心中!信じることで、迷いを無理やり打ち消した。

後に分かることだが、仁平君の頭の中では、前進座劇場の寸法、客席からの見え具合、照明の有り様、これら全てが計算され、装置の形状と色の具体的なイメージが出来上がっていた。当時のスタッフで本当に仁平君の舞台装置で行けると判断していたのは、本人を除けば他1人だったろう。もちろん私ではない。

 9月15日、前進座劇場で仕込み開始。大道具が建て込まれた。それ以前にパネルの数は私の判断で上手、下手それぞれ1枚ずつ減らしていた。空間バランスを考えてのことだ。もちろん仁平君も納得の上で了承。パネルの材質もコスト削減のために安価なものにした。安っぽい装置にはしたくなかったので、私はかなり心配して相談したのだが、この時も仁平君は「材質を落としても全く問題ないです」と言い切った。そして実際、全く問題なかった。

 飯塚さんによる照明の調整が始まった。うす暗い客席から舞台を眺めた私は、決して誇張ではなく、全身が震えた。まだ調整中の照明だというのに、仁平君の装置が圧倒的な存在感で客席に迫ってくる。まさしく「夜物語」の世界…!信じて良かった!

 翌16日。俳優が参加しての舞台稽古。パネルの「青」は屋根裏部屋、妖精の国、ウルクーの森、魔法使いの国で、実に様々な表情を見せる。ベテラン・飯塚さんの照明の当て加減によって各シーンは違和感なく表現され、出過ぎて邪魔することもなく、背景となって消えることもない。ストーリーに貢献する頼もしい存在となっていた。「青」は効いていた…。

2010年05月03日