初めに
演劇・ミュージカルの世界に入り48年が過ぎた。指導の仕事を始めてからは42年。
俳優らと共に汗した稽古場や厳しい観客の眼にさらされた舞台から、私は多くのことを学んだ。
これから数回にわたって展開していく演技法や演技論は、そういった下記の様々な経験や追体験を、
私というフィルターを通してまとめたものである。
■私自身の人生体験
■俳優としての出演経験
■指導者としての指導経験
■先輩諸兄からの学びと実践
■演劇書や演技方法論からの学びと実践
■映画や演劇鑑賞、テレビドラマ視聴などの追体験
■日常における人間観察の考察結果
■その他の様々な情報による考察結果
演技体系一覧
第2回 俳優の仕事
「行動」と「想い」
自らの肉体を通して、「言語行動(言葉)」と共に身の内にある「想い」を舞台の上から観客に伝える。
それが俳優の仕事である。
第3回 技術と想像力の一致
技術と想像力の一致で「表現」へ
新入生の演技演習科目、第一日目に話すテーマである。
ここで言う技術とは?
歌であれば、発声を習得し譜面通りに歌えること。
踊りであれば、身体の柔軟性とコントロールを獲得し、与えられた振りを正確に踊ること。
演技であれば、言葉と行動の明晰さということになる。
しかしこれだけでは表現にならない。
獲得した技術を表現にまで高めるには演技力が必要となる。
演技力は芝居だけでなく、歌にも踊りにも必要。
この演技力に必要不可欠なものが想像力である。
技術と想像力が一致した時に初めて表現となる。
第4回 想像力①
「自分が演じる登場人物の役作りをする」。
これが俳優の仕事の第一歩。
台本に書かれている台詞やト書きを元に、登場人物のことはもちろん、作品に関する情報を集めていかなければならない。
「こんな性格だろうか?」「この時、どんなことを考えているんだろう?」「ここは彼にとってどんな場所なんだろう?」等々、
台本に書かれていないことを読み解いていかなければならないのだ。
そういった情報集めに発揮するのが「想像力」。
そしてその想像力の源(みなもと)になるのが本人の「体験」と「追体験」である。
「体験」とは本人がそれまで直接に経験してきたこと。
しかしながらひとりの人間の人生において、その体験には限りがある。
また作品によっては自分の経験などまったく役にたたない。
その時に必要なのが「追体験」。
追体験とは「読書」「映画」「テレビ」「音楽」「美術」等々から触れることのできる情報のことである。
人間の感情や行動、社会における経済や政治の仕組み、国の成り立ち、国民性、戦争、平和、生と死、恋愛や失恋、憎しみ、嫉妬、
これら挙げればキリがない情報を追体験しておき、「心の貯金箱」にしまっておく。
そして時が来たら、役作りに生かすため「心の貯金箱」から必要なものを取り出す。
これが想像力である。
様々なものに目を向け積極的に追体験を行う能力と、いつの日かそれらを取り出す能力。
俳優は常日頃からそれらを磨いておかなければならない。
「引き出しを増やしておく」という言葉でも言い換えることができる。
「想像力」とは「体験」と「追体験」の集積と言っていい。
第5回 想像力②
想像力が「無」から生まれるものだと私は考えていない。
なにか元になるものがあるはずだ。
例を挙げよう。「あなたは宇宙飛行士になって月着陸を果たした。
さあ、月面を歩いてくれ」。
この要求に応えてあなたはどんな風に歩く?
ゆっくりスローモーションのように歩くだろう。
でもあなたは月に行ったことがあるのか? ない。
それなのになぜスローモーションで歩くのか?
答えは月の重力が地球の6分の1ほどであることを知っているから。
または実際に宇宙飛行士が月面を歩く映像を見たことがあるから。
この想像力は知的アプローチから生まれる。追体験である。
もちろん、全く知らない星を歩くのを演じるとしても、知的アプローチによる「重力の存在」が参考となるはずだ。
それが正しいかどうかは問題ではない。
「重力の存在」という「追体験による知的アプローチ」が演技のヒントになっていることが重要なのである。
前回、「時が来たら、心の貯金箱から取り出す」と言ったが、実際には取り出すまでそれが貯金箱に入っていたことすら覚えていない。
体験も追体験もそれらを即演技に役立てようなどとは思っていないからだ。
無意識に心の貯金箱に納められていたというのが事実であろう。
不断の努力により想像力の源を蓄えておくことが大切なのである。
本を読もう。
映画を見よう。
音楽を聴こう。
美術を鑑賞しよう。
人間をよく見よう。
好奇心を持とう。
思索しよう。――俳優をやるなら。
第6回 言葉に感情を込めるのではなく(台詞とは?)
「台詞にもっと感情を込めて!」。
演技指導でよく聞かれる言葉である。
だが、言葉そのものに感情はない。言葉は論理である。
例題を出そう。
あなたが実際に喜んでいることを「あ」と「お」の2音だけで他者に伝えてみよう。
言葉を言ってはいけない。あくまでも2音だけで喜びを伝えるのだ。
あなたが本当に喜んでいれば、他者には「あなたが喜んでいる」ことが伝わる。
あなたから発せられる「あ」と「お」の2音だけで「喜び」が伝わっているのだ。
このことは「あ」と「お」と発音する「息」が「喜び」の感情を表現していることを意味する。
結論。あなたの身体に充満している感情は「息」によって伝わる。
――― 表現は息である ―――
しかし、他者はあなたが「なんで喜んでいる」のかは分からない。
喜びの理由が分からないのである。
そこで今度は、先ほど発した「あ」と「お」の「息」に言葉を乗せる。
「宝くじが3千円当たった」「推しの彼に思いが伝わった」「大好きなケーキが食べられた」等々。
結論。言葉によって喜びの感情の原因・理由が分かるのである。
――― 言葉は論理である ―――
台詞を言うとは、
(1)身体の内に感情や衝動が充満し、
(2)その感情や衝動が起こった結果、伝えたいことを言葉で表現することである。
言葉を発した時点ですでに身体には何らかの事情(他の登場人物たちとの交流や、自分を取り巻く状況の変化等々)で感情や衝動が宿っている。
それらがキープされたまま、伝えたいことを言葉に出す。それが台詞である。
だから台詞を言いながら改めて感情を込めると「こんな感情になっているんです」という「説明台詞」になり、「生きた台詞」とならない。
そして大抵は力(りき)む。喉に力が入るのである。
困ったことにこの「説明台詞」のほうが、俳優は「自分が演ずる登場人物の気持ちを表現している」と勘違いしてしまうことが多い。
台詞に感情を込めようとしてはいけない。
台本に書かれている台詞そのものは感情ではないのである。
では、台詞とは何なのか?
第7回 台詞(セリフ)
台本(右綴じの縦書き)を開く。
上に登場人物の名前、その下に台詞が書かれている。
設問①:台詞には登場人物の何が書かれているのか?
設問②:俳優とは何をする人か?
②から考える。
英語で俳優のことを「アクター(ACTER)」という。女性形は「アクトレス (ACTRESS)」だ。
元になる「ACT」の意味を英語辞書で調べると、動詞が「行動する」、名詞が「行動」。
つまり俳優とは「行動する人」となる。俳優は舞台の上で「行動する人」のことなのである。
書かれている台詞から、自分が演じる登場人物の「行動」を読み解く。これが俳優の仕事の第一歩。
「何をしているか」を読み解くのである。大事なことは「動詞」で考えること。
と、ここまでは大抵の演技書で書かれている。
例を出す。
「A」という登場人物が、この原稿の内容を学生らに語っているシーンがあったとしよう。
演じるのは俳優のBさん。Bさんは考える。
登場人物「A」は何をしているのか?
→「演技について語っている」「台詞とは何か?の講義を行っている」等々の読み解きを行うだろう。
だから登場人物「A」を演じることになった俳優Bさんは、Bさん自身が「演技について語る」あるいは「台詞の講義を行う」という行為を行えばいいのである。くどいが「Bさん自身が」である。
「演技について語る」風なお芝居をするのでもなく、「台詞の講義を行う」真似事を行うのでもない(→描写の演技)。
それらしい形の演技をするのではなく、Bさん自身が「自分の感覚」を使って本当にその行為を行うのである(→生きる演技)
しかしながら、これでBさんの表現が出来たわけではない。
出来たのは台詞が内包する行動だけ。表現に最も必要なものが抜けている。
「想い」である。この原稿の内容を語っている登場人物Aの「想い」。
これを台本から読み解き、その想いをBさん自身のものとして表現されなければならない。
台詞から「行動」を読み解くことは、表現にとって「必要条件」である。
しかし決して「十分条件」ではない。「想い」にまで至らなくては表現にはならない。
ともあれ、通常、台本には台詞とト書きしか書かれていない。
その台詞から想像力を駆使して「行動」だけでなく「想い」も読み解いていくのである。
そしてその「想いを客席に届ける」には、今度は「発声」「物言い」等々の技術も必要になる。
――真に演技は難しい――
第8回 感情と理屈はどちらが先か?
ある事象に直面した時、人は「感情」を先に抱くのか、「理屈」を先に考えるのか?
科学的根拠ではなく、私自身の「感覚的根拠」で言う。
当然、「感情」が先である。
私は高所恐怖症である。
6階にある教室のベランダに足を一歩踏み出すだけで身震いする。
怖いという感情が沸き起こるのだ。決して転落することはない(理屈)と分かっていてもだ。
→感情は理屈に優先する。
台詞が何であろうと、行動をどう取ろうと、先立つものは「感情」である。沸き起こる「想い」。
私は感情の動きを心電図の折れ線グラフを例に取って指導する。
横軸を時間経過、縦軸を感情の熱量とするのである。
感情の折れ線は絶えず揺れ動きながら進んでいき、台詞も行動もこの折れ線グラフ上で行われることを前提とする。
折れ線の傾きが急であれば感情の起伏は大きく、緩やかであれば感情の変化が小さい。
登場人物を演じる学生には、実際に折れ線グラフの中でその感情の起伏や熱量の変化を指摘して演技指導を行う。
そしてこの折れ線グラフは決して止まってはならない。
心臓の停止があってはならないのである。
登場人物として「生きている」ためには。